西郷隆盛の名言耐雪梅花麗ってどんな意味?黒田博樹投手も座右の銘に

こんにちは、ぽむです。

西郷隆盛の名言「耐雪梅花麗」って、どんな意味なんでしょう?気になりませんか?

黒田博樹投手も座右の銘にしたという名言中の名言。

ご紹介します。

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耐雪梅花麗のよみ方と意味

雪に耐えて梅花麗(ゆきにたえてばいかうるわし)

とよみます.漢詩です。

西南戦争に入る前、西郷の甥っ子に向けて詠まれました。

簡単な訳は

雪を耐え忍び花を咲かせた梅の花。その麗しいことよ。です。

意味は

厳しい状況の中でもひたすら耐えて生きる。

そして

ひたすら信念に向かい真直ぐに生きた者の生き様はやがて美しい花をさかせる。

のような意味ですね。

このときは直接には甥っ子に対する西郷からのエールでした。

激動の時代を生きる甥っ子に向けて、同じ時代を生きるものとして、ただひたすら前を向いて生きろ。と、伝えたかったのでしょう。

困難に負けるなと、背中を押したのですね。

時代は西南戦争が始まる前です。もう、まさに日本中が天地が変わるくらいの状態。

強い心を持たなければ生きてはいけないと伝えたかったのです。

また

高い志を持ってそれを目指して生きることは、その時代を生きていくうえでなによりも大切だと信じていたのだと思います。

そのとおり、西郷はひたすらに前を向き苦難の道を突き進みました。

その先に花が咲くことを信じて疑わなかったのですね。

この、西郷の生き方は生涯を通じて変わらなかったといわれています。

出世しても、状況が厳しくても、意志がぶれることはなかった人でした。

ちなみに

この有名な耐雪梅花麗はある文の中の抜粋です。

全文はこちらになります

一貫唯唯諾  一貫、唯唯(いい)の諾
  従来鉄石肝  従来、鉄石(てっせき)の肝 
  貧居生傑士  貧居(ひんきょ)、傑士(けっし)を生み
  勲業顕多難  勲業(くんぎょう)多難に顕(あら)わる
  耐雪梅花麗  雪に耐えて梅花麗(うるわ)しく
  経霜楓葉丹  霜を経て楓葉(ふうよう)丹(あか)し
  如能識天意  如(も)し、能(よ)く、天意を識(し)らば、 
  豈敢自謀安  豈(あに)敢(あえ)て、自から安きを謀(はか)らむ

訳は以下の通りです。

ひとたび「よろしい、引き受けよう」と心に誓った事は、どこまでも唯直向きにそれを貫き通さなければならない。
これまで保ってきた鉄の如く石の如く守ってきた胆力(意志)は、
いつまでもそれを変えてはならない。
豪傑の士というものは貧しい生活をしてきた人の中から現れ、
高く評価される事業というものは、多くの難儀を経て成し遂げられるのだ。
初春の雪の冷たさを耐え忍んだ梅の花が麗しく咲いて芳香を放つように
晩秋の深い霜をしのいで楓の葉が真っ赤に染まるように
(人間というものは、辛いことや 苦しいことを耐え忍んでこそ大成するのだ)。
(天は人々に本分を授けている。)
もしこれらの天意が理解できたのなら(天命をよく認識するならば)、
どうして我が身の「安楽を謀る」ような生き方が出来るだろうか

深い。

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黒田投手の座右の銘になった理由は?

この耐雪梅花麗をなぜ、黒田投手は座右の銘にしたのでしょうか?

人生の厳しさに負けることなく、ひたすら信じて努力あるのみ・

信じて、努力を怠らずすすめば必ず花開く

まさしく、黒田投手の野球人生は、西郷の言葉を見事に示していました。

高校生のときにこの言葉を知り、座右の銘にしたのだそうです。

黒田投手は上宮高校時代は3番手の補欠投手でした。プロ人生も広島カープのドラフト2位からの始まりです。

広島でも同期1位指名の沢崎投手の後ろ姿を見ながら努力し続け、

そして、エースへと昇格。

メジャーリーグでも2番手の位置から、こつこつとエースに近いところまで昇っていきます。

そこから20億円超えというオファーを断り、黒田は日本に帰ってきます。

「まだ、こんな日本人がいたのか!」と日本中を感動させました。

「ここまで来られたのはカープのおかげ。また日本でやるなら、このチームしかない」

と言って、メジャーに出て行った黒田は、

この約束を果たし帰国したのです。

そして、広島カープを優勝へと導き、引退。

西郷隆盛のこの言葉はずっと黒田投手を支え続けてきたのでしょうね。

メジャー時代、黒田はいつも「アメリカには修行に来ている」と言っていたそうです。

いつも、心は日本に向いていたのでしょうね。

日本人は華やかな桜が大好きで、ともすると梅の美しさは見逃されがち。

それでも、西郷は素朴な梅の美しさをこよなく愛し、この歌を詠みました。

華やかなものも素朴なものも大事なものなのだと知っていたからですね。

桜と梅を思うとき、黒田選手は自分に重なるところがあると思ったのでしょうか。

この座右の銘があったからこそ、メジャーと言う桜ではなく、梅の日本野球界を自分の現役最後の場所にしたのでしょう。

座右の銘を作るのは誰でも出来ますが、それを全うして生きるのは本当に誰にでも出来ることではないと思います。

ほんとうに、すごいですよね。

黒田投手がきになった方はこちらをどうぞ


決めて断つ (ワニ文庫)


黒田博樹 人を導く言葉 – エースの背中を追い続けた15年 – (ヨシモトブックス)

小話

西郷隆盛が犬好きだったのは有名なところ。

その理由は犬の忠誠心だと言われています。

犬は素直に飼い主だけをみて、お金も名誉も欲しがらない。

西郷は私利私欲に負けそうになったときに、犬をじっと見て自らを戒めたと言われています。

そんな西郷の生き方が、メジャーから広島カープに戻ってきた黒田投手に映って見えようなきがします。

お金は儲からなかったかもしれませんが、西郷はこの誠実な人柄で、「日本で一番愛される偉人」と言われ、今も愛され続けています。

広島の人にとっても、黒田投手はずっと「日本で一番愛される投手」だと思います。

この生き方。

すごいですよね。。

西郷隆盛の名言が気になった方はどうぞ


西郷隆盛語録 (角川ソフィア文庫)

まとめ

いかがでしたでしょうか?

今回は西郷隆盛の名言:耐雪梅花麗をご紹介しました。

まとめると

  • よみ方は「雪に耐えて梅花麗わし(ゆきにたえて ばいかうるわし)」
  • 意味は 厳しい中を耐え生きることで麗しいはなを咲かせる(大成)ことができる
  • 黒田投手がこの言葉を座右の銘にしたのは、志と努力の大切さを忘れず生きるため。

でした。

改めて、西郷の言葉の深さと、黒田投手にかんどうしました。

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